出逢い ――咎人の船より |
夜の静寂を縫うように、霜天を走る一隻の飛行船がある。
世界一美しいと称されるその姿を、時折雲の中に隠すように疾走するその船は、銀色の箱舟――シルバーノアと呼ばれている。
精霊の国スメリアの王族にのみ搭乗を許されたその船も、今や彼の国から、否、世界中から追われる咎人たちの移動拠点となっていた。
国際広域指名手配第430756号アーク・エダ・リコルヌ。それがこの咎人の船を駆る犯罪者たちを率いる者の名前だ。
彼らは史上稀に見る極悪人とされていたが、それは彼らと相対するものが権力と世論を巧みに操作した結果で、仲間たちもまた同様に理不尽な冤罪をその身に負わされていた。
その濡れ衣を晴らすよりも他にやることが山ほどあるアークは、今日も忙しげにシルバーノア内を歩き回っていた。額に巻きつけた赤いハチマキを翻しながら、仲間が待機している会議室に向かって足早に廊下を進む。
「ポコ、トッシュ、いるか」
会議室の扉を開け、室内を見回す。対面の壁には窓が並んでいたが、今は雲の中を飛行しているのだろう、ガラスは一面濃い乳白色の靄に包まれていて外の様子は殆ど分からない。左側の壁に貼ってある世界地図を取り囲むように設えてある椅子に、何人かの仲間の姿がある。
「あ、アーク。どうしたの」
椅子に座ってなにやら書き物をしていた――おそらく彼の趣味である作詞だろう――ポコが、小太りの身体を揺らしながら近づいてきた。
「あと一時間くらいで研究所に着く。準備してくれ」
「うん、分かった。……でもさ、アーク。ホントに3人だけで大丈夫なのかなあ、僕ちょっと心配だよう。外れとはいえロマリアにあるんでしょ、その研究所」
頭ひとつぶん高いアークを見上げ、少々不安げな様子でポコは尋ねた。しかしその声には彼の持つ和やかな雰囲気が多分に含まれていて、いまひとつ緊迫感に欠けている。
「そうだ。チョンガラが調べたところによると、その研究所で作られたものが世界中に運ばれているらしい。奴らの目的が何かを探るためには、内部に入って調べる必用がある。人数は最小限に留める必要があるだろう。……いざと言う時のために、ゴーゲンとイーガにはシルバーノアを守っていてもらう」
「いざと言うとき?やっぱ、モンスターとかが襲ってくるのかなあ」
「シルバーノアには上空で待機してもらうさ。あくまで念の為、だ。もちろん向こうには対空砲などの備えもあるだろうから充分な注意が必要だが、やはり俺たちの方が危険は多いだろうな」
物騒な予想に、ひえええ、とポコが一瞬情けない悲鳴を上げる。彼と共に戦うようになって一年以上経つが、いまひとつ弱気なところは相変らずなのだ。もちろん絵に描いたような“弱虫”だった頃とは比べ物にならないくらい精神的に成長しているし、その容姿や言動から受ける印象では想像できないくらいポコが強い事を知っているので、アークはあまり心配してはいない。激励の意味も込め、肩をぽんと叩いて笑う。
「頼りにしてるからな、ポコ。……トッシュは何処だ?」
アークの言葉に、丈の長い楽隊帽の下から覗く丸い瞳をポコは嬉しそうに細めた。そして、トッシュならあそこにいるよ、と部屋の隅を指差した。
ポコの示した方向を見て、アークは思わず溜め息をついた。壁際に、刀を抱いたまま大口を開けて眠りこけている赤い髪の青年がいる。傍らには陶器の酒瓶が幾つか転がっていた。
酒の臭気を遠慮なく周囲に振りまいているこの男こそ、凄まじいブシドーの使い手として世界中のハンターから恐れられている剣客、トッシュ・ヴァイア・モンジなのだ。ちなみに彼は国際広域指名手配第430757号に指定されている。
「トッシュ、起きてくれ。そろそろ出番だぞ。……おい、トッシュ」
なかなか目を覚まさない様子に業を煮やし、アークはトッシュの傍らに膝をつき、両手を彼の肩にかけて力いっぱい揺さぶった。
「うわあ、凄い!」
がくがくとトッシュの肩を揺らし続けるアークの耳に、背後の楽士が感嘆を上げるのが聞こえた。その声に釣られるように振り返ったアークの目に、窓の外の景色が飛び込んだ。
「雲の上に出たんだね!!」
はしゃいで窓に駆け寄るポコの背中越しに、壮大な光景が広がる。
雲海。何処までも、この世の果てまで続くかのような雲の海原。
少しだけ欠けた月の光に照らされ白く光っている雲の滄海は、アークによく似た別のものを思い出させた。
これと同じ様な風景を、いつか見たことがある。
唐突な既視感に襲われ、アークはその場に立ち尽くした。
何処までも続く白い世界。何もかもが純白に覆われたこの光景。これと似た景色を、俺は確かに知っている。
「……雪みたいだな」
アークの口から、陶然とした呟きがこぼれた。
雪。何処までも続く雪原。
そう、雪だ。家も社も山も、すべてが白く覆われていた。
あの日、霊山シオンに向かったあの夜、降り積もった雪は 何処までも広がっていた。
真っ白に覆われた世界の中に、あの少女がいた。すべての始まりだった、あの出逢い。
ここにいない。けれどもいつでも想っている。泣きたいくらい声が聞きたい。狂おしいほど触れたい。
今すぐに、逢いたい。
どんなに強く願っても、決して叶えられはしない願い。
その境遇を嘆かないといえば嘘になる。この運命を恨んだことがないといえば嘘になるけれど。
あの出逢いも運命だったから。
巡り逢わせてくれたのは、紛れも無く運命と呼ばれるものだったのだから。
「東って、こっちだよな」
誰に言うでもなく呟き、アークは窓に歩み寄った。
雪原のようなこの雲の遥か先に、彼女はいる。極東の島、精霊の国に。彼女も戦っている。俺たちと共に。
今、ここにいないけれど。まだ、共に過ごすことは出来ないけれど。
そっと窓に触れる。指先から伝わるガラスの冷たさは、あの夜、雪の中に佇んでいた少女の冷えた指先を思い起こさせた。
いつでも一緒にいる。こころは傍にある。
「……トッシュ、目が覚めたか。皆、もう一度計画の確認をするぞ」
アークはきびすを返し、窓に背を向けた。
遥か東の彼方にいる愛しい人の確かな存在を、その背中に感じながら。
初書きのアークvククル小説でしたが、我ながら『どこがアーククルなんだよ!』とツッ込まずにはいられません(爆)。登場人物は野郎だけ、ククルに至っては名前すら出てこないというこんな小説を、アーククル祭に出展して良いのでしょうか…?
好きな人と一緒にいられない苦しさを、アークはこんなふうに受け止めていたんじゃないのかな…という思いをカタチにしてみました。読んで下さってありがとうございました。
作者: 寿 駆麻
夜郎自大
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