甘いお菓子 |
チョコレートを作ってみようと思い立った。
普段、料理など苦手な彼女だが、不思議なことに抵抗はなかった。
ただ、何となく。
以前、リーザがチョコレートを持ってきたことを思い出したからかもしれない。
思いついたら行動の早い彼女のこと、居ても立ってもいられずに調理場へと足が向かっていた。
チョコレートは、本来スメリア国には存在しない。
原料はもっと南の地域で採取されるものだが、
開国をし、資本にモノを言わせられるようになったスメリア国にとって、輸入することは造作も無いことだった。
もっとも、未だトウヴィルのような閉鎖された土地では、口にした者が無きに等しいものであるが。
トウヴィル出身の彼女がチョコレートの存在を知っているのは、彼女が世界を巡ったこと、
そして今も巡っている彼女の仲間が、彼女に贈っているからに他ならない。
甘い物が好きな彼女は、異国の菓子もすぐに馴染んだ。
それを知っている仲間たちが、1人で暮らす彼女を慰めるために土産として持ってくるのである。
ただ、今回の場合、チョコレートであっても、製菓用であった。
そのままでも食べられるのだが、手を加えることを前提として売り出されているものである。
彼女が最初受け取ったときは、はっきり言って興味を示さなかった。
だが、今はどういう風の吹き回しか、チョコレートを自分の手で作り上げることに惹かれている。
――――おかしなこともあるものね。
彼女は独り、苦笑した。
調理場は広く、閑散としている。
1人で暮らすのに、この神殿は大きすぎる、と彼女はいつも思う。
戸棚を開けば、チョコレートはすぐそこにあった。
一緒に、カラフルなメモ用紙。
リーザが書いた、作り方メモだった。初心者でもわかりやすく、失敗しそうな箇所や注意点が細かく書かれている。
ふと、リーザがそこに居るような錯覚を感じて、彼女は微笑んだ。
――――ええ、ありがとう。頑張るわ。
彼女はメモをテーブルに置くと、チョコレートを取り出した。
――――そういえば、ポコは甘い物好きだったわよね。
チョコレートを刻みながら、ふと思い出す。
たわいも無いことが、泡のように浮かんでは消える。
――――あまり食べ過ぎるものだから、私が注意したんだっけ? また太るわよーって。
――――トッシュは……そう、ウイスキーボンボンに文句吐けてたのよ。やはり酒は日本酒に限る、って。チョコレートに日本酒なんて合うワケないでしょ。
――――チョンガラだったっけ? それをトッシュにあげてたの。さすが商売人だけあって、色々なチョコレート持ってきてたのよね。
――――意外とイーガが甘い物好きなのよね。修行中はあまり食べられなかったのかしら?
――――ゴーゲンがそんな様子に笑ってたんだけど、コッソリつまみ食いしてたの見ちゃったんだから。とぼけなくても良いのにね。
――――それでアークは……
チョコレートを刻む手が、止まった。
――――それでアークは……
その先が、思い出せない。
――――アークは、アークはっ
視界がぼやけた、と思った次の瞬間には、また明瞭になった。
涙が珠になって、逆らうこともなく落ちていた。
――――出来た。
目の前に置かれた、チョコレート。
本来なら型に流し込み、固めるのだろうが、生憎それも無い。仕方なく、鍋の中に放置することになる。
自分以外の誰かに食べさせるワケでもないのだから、どうでも良い。
ただ、ここまで作れたことが満足だ。
――――でも、折角作ったんだから、食べなきゃ勿体無いわよね。
匙を取り出して、すくう。
とろり、とした黒い液体が、口の中へ運ばれる。
匂いが鼻腔を刺激し、液体が唇を濡らし、舌に溶ける。
甘い。
甘いはずだ。チョコレートなのだから。
でも、それだけではない。
――――血の臭い。
口内に広がる鉄の味。鼻腔を突く血の臭い。
――――どうして?
誰と無く、問いかける。
――――どうして? ねえ、どうして? ねえ、どうしてよっ!?
――――答えてよ、アーク!?
その答えが返ってくるより前に、彼女は涙の海に沈んだ。
……はずだった。
背中が温かいことに気付き、次に自分は“彼”の腕の中にいることを悟った。
「何で……?」
「祭壇の間にいなくて……此方から甘い匂いがしていたから」
まるで犬みたいだと思った。
口に出そうとして、彼女は止めた。今、“彼”の腕の中にいる自分の方が、よっぽど犬みたいだ。
だったら、素直に甘えていよう。
せめて涙が乾くまでは。
「ところで」
急に口を開いた彼に、体がビクンと反応する。
「何を作っていたんだ?」
「…………チョコレート」
思いっきり不機嫌な声で。拗ねているとも照れているともとれる声で。
「………リーザに……貰ったから……」
「食べて良い?」
「苦いわよ?」
「そうかな?」
「そうよ」
「十分、甘いと思うけどな」
その直後。
口移しで流し込まれたチョコレートは、ただただ甘く。
余談だが。
その日は2月14日であった。
その日はお世話になった人、好意を寄せる人に贈り物をする習慣が世界各地にあったのだが、
彼と彼女の国、スメリアでは、
彼と彼女のことを知った人々によって、女性が愛する人にチョコレートを渡すようになった。
今でも彼の国では、2月14日にチョコレートを贈るという風習が残っているそうだ。
アトガキ
もう少しやった方が良かったですか?(何を?)
私は昔、手作りチョコを食べたら、血の臭いがしました。
チョコと鼻血の関係について考えてしまった瞬間。
あと、バレンタインに間に合わなくてごめんなさい。
作者: ミネリコ
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