Sweet Valentine |
緩やかに飛行するシルバーノア。
その中の一室では女性が発する特有の黄色い声が飛び交っていた。
「…と言う訳で、リーザ、お願いね。」
ここに居る中では最年長の女性が浮べる有無を言わせない笑顔に思わずリーザも真剣に頷く。
「それに、一番気合を入れなくちゃいけないのはリーザ
なんだから…ね!期待してるわよ。」
気合を入れる事とこれからすることにあまり関係はないと思ったがとりあえずリーザは
目の前に居る二人に逆らう事もせず「はい」と小さく返事をすると部屋を出て行った。
「誰かさん達の喜ぶ顔が目に浮かぶわね。」
何故か妖艶に笑うシャンテ。
計画実行は、今日。
Sweet Valentine
「「ックシュン!」」
気付けば2月。
暦の上では大寒を過ぎたとは言え、まだ早朝と言うのもあってか寒いものは寒い。
温かいものでも飲もうかと考えたその辺りでエルクはやっと
先程のくしゃみが二重だった事に気付く。
思わず辺りを見渡すと、この寒い艦内を外套ひとつ羽織らずメモ帳一つを手に、
廊下を右往左往しているリーダーの姿があった。
あまり寝ていないらしく目の下に大きな隈が出来ている。
加えて足元も覚束無い。
睡眠不足なのは一目瞭然。エルクは思わず口を開くが、
それを遮るようにアークが先に問い出す。
「ああエルク…丁度良い所に居た。明日行くエリアが少し
長くなりそうなんだ…それでギルドの仕事で溜めた貯金で
欠品しているアイテムや新しい武器や防具を揃えて…
それと野宿に備えて食料を買い入れてランプを新調してから出ようと思うんだけど…他に何か必要なものあるか?」
疲れを見せない口調で一気に説明され、エルクは肩を落とす。
「なぁアーク…計画は分かるけどよ…たまには休んだらどうだ?」
「いやしかし…」
「あんまり煮詰めると、ハゲるぜ…」
思わず頭に手を当てるアークを見てエルクは一笑すると
「足りないものは『休息』だ。」
と言い残すと去って行ってしまった。
残されたアークは小さく溜息をつくともう一度メモ帳に目を落とし、頭を掻いた。
「あの、アークさん…」
と、いつの間にか背後に立っていたリーザが消え入りそうな声で呼び掛けられ、
アークは内心驚きつつも平静を装う。
「あ、ああ…リーザ…どうしたんだ?」
「…さっきの話、聞いちゃったんですけど…もしかして
今日、どこかに降りるんですか?」
「その予定だけど…」
リーザの瞳が一瞬輝いたのをアークは見逃さなかった。
「じゃあ、プロディアスに降りませんか?」
「…プロディアス?近いから構わないけど…またどうし…」
アークが疑問符を頭に浮べているがリーザは軽く遮り
更にアークに詰め寄る。
「で、その後神殿に行きたいんですけど…駄目ですか?」
今度は上目遣いの攻撃にアークは思わず一歩下がる。
「…構わないけど…どうして神殿に?」
「ククルさんに、用があるんです。」
「…ククルに?………!何か、あったのか?」
何を思ったのか突然勇者モードに入ったアークは
真顔で問い詰め、今度はリーザが一歩引く。
「あの、いえ…そう言うわけじゃないんですけど…」
なぜか言葉を濁すリーザにアークの不信感は更に募り
眉を潜め、再度問い詰めようと試みるが、その時、
『カツン』と独特のヒールの音が響く。
「良いじゃないの、たまには。それとも何?私達が
ククルに用があるとおかしいかしら?」
突如会話に割って入ってきたシャンテとサニアは何故か仁王立ち。
「…?シャンテとサニアもククルに用があるのか?」
「ええ、まぁね。とにかくアークにとっても悪い話じゃないわよ。」
「…は?」
「とにかく、今日はプロディアスに寄って神殿に行く!
良いわね?」
「…………ハイ。」
なぜかシャンテ有利に会話を押し切られポカンと口を開ける
アーク。一方のシャンテは「よし」と呟くとサニアとリーザと共に
その場を去っていった。
「最初からシャンテが押し切った方が早かったんじゃないの…?」
と言うサニアの突っ込みは間違っていないと思う、とリーザは胸中で呟いた。
In プロディアス
まだ白い吐息が見えるほどの寒さの中、女性陣3人は嬉しそうに駆け出し、
アークはやはり疲れた足取りでサイフを片手に武器屋に足を運ぶ。
一通り買い物を済ませ、店から出るとアークは3人と待ち合わせをしていた公園に向かった。
所が公園に居たのはカップルばかり。
なんとなく肩身が狭く感じたアークは3人を探しに行こうと
身を翻すと丁度、大きな紙袋を抱えたその3人が戻って来た。
アークが何度聞いても中身は教えてもらえず3人はただ
楽しそうに笑っているだけであった。
トウヴィルに着いた途端3人はククルを連れて神殿の奥に篭ってしまい
仕方なくアークは残った男性メンバーを集め新しい武器防具の振り分けやアイテムの補充を行っていた。
「ったく、アイテムの振り分けなんて女がやった方が早いんじゃねぇの?」
「あ、おいオッサン、何食ってんだよ!!」
魔法のりんご片手にトッシュは悪態をつくトッシュは
特にMPが減ってもいるわけでもなくりんごを齧る。
「仕方ないだろ、みんな神殿に篭ってるんだから…」
今にも倒れそうなアークにはもう詮索する余力もないらしく
たどたどしい手つきで家計簿(!?)をつけている。
「はは〜ん…」
意味ありげに笑うトッシュにエルクは口を引きつらせる。
「なんだよオッサン、その気味の悪ぃ笑みは…」
「なんだ、気付いてねぇのか…ガキだねぇ」
カチン、と擦り合わされた武器が鳴り、同時にエルク
の眉間にシワが寄った。
「…始まるな…」
アークの一言を筆頭にシルバーノアが揺れに揺れた。
武器防具が空中を飛び交い、チョンガラが丹精込めて
磨き上げていたツボに見事ヒット。
「こりゃー!お前らちっとは落ち着かんか!!」
「ちょこも遊ぶのーー!!」
チョンガラが加わり、更に遊んでると勘違いした
ちょこも参戦し、機体は先程の2倍は揺れだす。
着陸していなければとっくに墜落しているだろう。
アークは思わず額に手を当てる。
そしてその思考で繰り広げられるこれからの惨事も、見事的中した。
せっかく苦労して弾き出した家計簿の合計金額は…
全く分からなくなっていた。
一方は神殿の台所。
辺りは甘い匂いが立ち込めている。
「でも本当にビックリしたわ。まさかバレンタインの為の
チョコレート一式持って神殿に来るなんて…」
チョコを溶かしながら笑うククルは本当に嬉しそうだ。
「ビックリしたのはコッチよ。まさかククルがバレンタインを
忘れてるなんてね。」
「ま、実際もう既に用意されちゃったらどうしようかと思ってたけどね」
「ククルさん、去年は皆さんにあげなかったんですか?」
思いのほか、3人の手付きが手馴れているのでククルは少し羨ましく思った。
「ええ…そうね、去年のこの時期はそれ所じゃなかったから…」
先程まで浮べていた笑顔に少し陰りを落とすククルを見て
リーザが慌てて話題を変える。
「そ、そう言えばシャンテさんとサニアさんは誰かに
チョコ、あげたこととかあるんですか?」
「そうねぇ…」
シャカシャカと手早く溶かしながらシャンテは小首を傾げる。
「そう言えば毎年この時期はステージに立っていたわね…
昔は、よくアルに、…弟に作ってあげてたんだけど…」
「私も専らお父様だったわね〜…そう言うリーザはどうなのよ?」
型を取り出しながら突然話題を振るサニア。
話題を振られたリーザは思わず顔を赤らめる。
「わ、私は…村からそんなに出たことが無かったので…
こんな風習も良く知らなかったんです…」
「あら、じゃあエルクが初めてなの?良いわね、初々しくて。」
シャンテは意味ありげに微笑み、さっさと型にチョコを流すと
冷蔵庫に仕舞い込む。
暫くして固まったチョコを取り出し、シャンテがアーク以外の
男性メンバー分のチョコをラッピングしていたが、
所が残りの3人がちっとラッピングをしに来ないので
シャンテがもう一度調理場を覗いてみると、3人はなにやら真剣な
顔持ちでチョコに文字入れをしている。
内、二人が書いた文字は大体想像がついた。
が、この気の強い王女様の宛先は想像がつかず
シャンテはこっそり背後に回ってチョコを覗いて見る…が。
そのまま表情が固まっている。
「シャンテ、今覗いた…!?」
「サニア、あんた…」
なぜか表情が硬いシャンテにククルとリーザが顔を向ける。
「…何々?何が書いてあったの?」
「…聞かない方が良いわよ…。」
「出来た…!」
リーザらしく、沢山のリボンで可愛らしい装飾がなされた
チョコが出来上がっていた。
「あら、可愛いじゃない。…ククルは?」
「うーん、ココになにかつけたほうが良いかなぁ?」
ククルがラッピングしたチョコはどことなくもの寂しげで
まだ何か飾る余地がありそうだが、どこに何をつけようか悩んでいるようだ。
「そうね、このリボン結んだ所に花でもつけたらどうかしら?」
「それとこの色じゃ淡白過ぎるから、ちょっと派手な
リボン重ねても大丈夫よ。」
「リボンの端はこう…やって切ると見た目可愛くなりますよ。」
あーでもないこーでもない、と試行錯誤した結果、
結局ククルのラッピングが一番華やかなものとなった。
「…コレで全部ね。」
満足そうに微笑むシャンテ。
「なんか…皆、ありがとう。いい気晴らしになったわ。」
「なーに改まってんのよ、さっそく渡してきたらどう?
ここの所ずーっと煮詰まってるみたいなのよ。」
「アークさん、喜んでくれると良いですね。」
「ありがとう、じゃあ行って来るわね!」
パタパタとククルの足音が遠ざかり、シャンテが
小さく呟いた。
「あんなに嬉しそうなククルの顔、久し振りに見るわね。」
その頃のアークはと言うと、丁度家計簿をつけ終え脱力し切っていた所だった。
トッシュとエルクとチョンガラの喧嘩もこれまた予想通り決着もつかぬまま、皆スタミナ切れで呆けている。
ちょこの姿が見当たらない所を見ると彼女も飽きてどこかに遊びに行ったと言ったところだろう。
上記の3人より衰弱したアークは体力の限界を感じ、
紙とペンを握り締めたまま意識を手放そうとする…と
「アーク!」
天使の…いや、ククルの声が頭に振り注ぎ、アークは眠気も忘れ顔を上げる。
「やだ、アーク…凄い隈…ちゃんと寝てた!?」
今正にその睡眠を邪魔したククルだが勿論アークにとって
そんな事は問題ではない。
「あんまり寝てなかったけど…ククルの顔見たら元気が出たよ。」
こんな時でも笑みを絶やさないのはさすが勇者。
ククルはと言うとチョコを作ってそのまま飛んできたせいか
エプロン姿で、しかもあちこちチョコが飛び散っている。
ナルホド…とさすがのエルクもやっと理解を示し、
これから甘くなるであろうこの空間から一刻も早く
脱出しようと試みるが、先程トッシュとチョンガラと一戦交えたせいか体が思うように動かない。
そんなエルク達など眼中にないバカップルの片方、ククルは
いそいそとチョコを取り出す。
「はい、疲れたときは甘いもの。」
「これ…ククルが…?」
可愛らしく飾り付けされたチョコをまじまじと見て、
やっとアークも今日が2月14日だった事に気付く。
「今、食べて良い?」
「うん、美味しいか…分かんないけど…」
自信なさ気に目を伏せられては例えどれだけ不味くても
笑顔で美味しい、と言える自信がアークにはあった。
所が意外なことに…と言ったらククルに失礼だが、
先程の心配事は杞憂に過ぎなかったようでハート型の
チョコはアークの舌で甘く蕩けた。
「うん、美味しいよ、ククル。」
先程の疲れなど微塵にも見せず笑顔を浮べるアークに
ククルの顔が明るくなるのが分かる。
「ほんと?ちゃんと甘い?」
「あ、ちょっと甘さが足りないかも。」
アークは何か考え付いたようにイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「え?甘くなかっ…」
チュ
と小さい音が響きアークはククルのほっぺから唇を離すと
自身の唇の端をぺろりと舐めた。
「うん、こっちのが甘い。」
それはもう極上の笑みを浮かべたアークとは正反対に
ククルは真っ赤な顔でほっぺを抑えている。
普通にキスされるより余程恥ずかしかったらしい。
が、満足そうに笑っているアークを見て、まいいかと
ククルもまた満足そうに笑うのであった。
余談だが。
一部始終を見ていた…というより見せ付けられていた
哀れなエルクは…
(チョンガラとトッシュは目撃は避けた模様)
甘い匂いと甘い雰囲気の漂うシルバーノアの中、
「当分甘いものは要らねぇ」呟いていたそうな。
そして更に余談だが、その後リーザに渡された
チョコはしっかり受け取ったそうな。
――後書き―――――――――――――――――――――
なんか、バレンタインの話になったかどうか心配です;(汗)
アーククルになる気配がなかったので最後の方で
無理矢理甘くしてみました…なんか…ごめんなさいTT
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