“其処”は、光に包まれていた。
清浄なる水は、分け隔てなく全ての生き物の喉を潤し、
大地は命の住処となり、
風は、穏やかに平和の歌を謳う。
そして、暖かな日の光が、それらを優しく照らす。
知らずに迷い込んだ者は、其処を“天国”と称した。
天に住まいする神々の世界だと。
けれども、其処は地にあって、地上を司るものたちの安息所。
争いに疲れ、傷付いた魂を癒すための、光の空間。
地に住まう精霊たちが描いた、理想の世界。
精霊の夢。
そこに、今、一人の若者が眠っている。
根元だけになってしまった大木に身体を預け、安らかな寝息をたてる。
顔は影になってしまってわからないが、きっと穏やかな顔をしているのだろう。
ただ静かに、ひそやかに、時間が過ぎていく。
風が吹いた。
女性が、立っていた。
朱い服に身を包み、流れるような紫の髪を鬱陶しげに風に靡かせて。
美しい世界に相応しいだけの器量を備えた女性だ。
ふと、
その大木の元に居るものに気が付いて、
幼い子どもが、とびきりの宝物を見つけたときのような笑顔を見せた。
やがて、根元に近付いて、屈み込む。
ちょうど、若者と自分の顔が同じ高さになるようにして。
そして、そのまま顔を近付けて、
唇を、彼の唇にそっと触れさせた。
蝶々が花に留まるような、本当にふわりとしたもの。
すぐに唇を離すと、彼女は彼を見つめた。
彼が、身じろぎをする。
「おはよう」
彼女が声をかけた。
彼は暫く身じろぎをしていたが、ややもあって、瞼を開いた。
そして、目の前にある、紫色の瞳に気付く。
「おはよう、ククル」
「おはよう、アーク。ねぼすけね」
ククル、と呼ばれた女性が、咲った。
「私の方が二年早く目覚めちゃったわよ」
大災害によって、精霊の世界は打撃を受けた。
大災害を引き起こした原因は、人間にあったため、精霊と人間の間には深い溝が出来た。
それでも、精霊が人間を見捨てる事は無かった。
精霊を信じ続ける人々のお陰で、精霊と人間の絆は結ばれた。
その、精霊と人間を繋ぐ役目として選ばれたのが、アークとククルである。
けれども、深い傷を負った精霊たちは、人間の前に姿を現さなくなった。
もはや、そんな力さえ残っていなかった。
そのため、精霊たちは自らの力を石に込め、姿を消した。
そして、精霊たちが描いた夢の中で、傷を癒すべく眠りについた。
アークとククルも、そのはずだった。
世界が平和になり、力が必要とされないのならば、悠久の安息につこうと。
けれども。
もし、また世界に動乱が起こり、闇黒へと突き進んでいくのならば。
その時は、また目覚めよう。
世界を見守るのが、自分たちの役目なのだから。
そう約束して、二人は眠りについた。
「あれから、500年くらいかしら?」
伸びをしながら、ククルが言う。
「最後にアノ子に会ったのが、それくらいだもんね」
「ククル」
見れば、アークの顔は曇っている。
「俺たちが目覚めたってことは……」
「アーク」
白くて細長いものが、唇にあてがわれる。
「やめましょう。今そんなこと言っても仕方ないわ」
きょとん、と呆けた顔になったアークに、ククルが笑いかけた。
「きっと大丈夫。私たちの意志を受け継いだ人たちが、きっといるわ。
今、私たちに出来る事は、彼らを見守る事だけよ」
力強い、笑顔を見せて。
目覚める前と、変わらない笑顔。
自分たちが、実体を持っていた時も、どれだけその笑顔に助けられてきたことか。
遠い記憶を追って、瞼を閉じる。
「ああ、そうだな。
どんな闇の世界でも、生まれる光はあるのだから」
そして、再び瞼を開けたとき、彼の瞳には揺るぎない光。
かつて、勇者と呼ばれた若者の、眼差し。
その眼差しと絡み合い、ククルは思わず頬を染める。
純粋で、力強い瞳の色に、心動かされない人などいるだろうか。
「行こう、ククル」
ふいに、アークがククルの手をとった。
急の事で、一瞬ククルはたじろいだが、またすぐに笑顔を返した。
「ええ、あなたとなら何処までも」
精霊たちは夢を見続ける。
平和な世界で、全ての生き物が共存する夢を。
“精霊の黄昏”が始まるちょっと前妄想話でした。
全然甘くない話でごめんなさい。更に、知りに敷かれ勇者でごめんなさい。いや、それはいつものことか(え)
きっと、気負いし過ぎる勇者を、抑えるのが聖母なんですよ。ってかまんまサークルの関係図を持ってくるなという話。
ククルが2年先に目覚めたのは、ククルが二歳年上だから。1000年も精霊やってるんだから、二年くらいどうってことないよということで。実はククルさん、その二年間で世界情勢知っちゃったようです(笑)
500年ってのは、機神意識してるわけです(当然“アノ子”はフィニア)が、どうやら機神のED世界と黄昏の世界は繋がってないようなので、ちょっとここら辺自分設定です。
それでは、最後まで読んでくださって、ありがとうございました!!
……アーククル祭第2回が、自分独り祭りにならないことを切に願う。
|
|