イロトリドリノセカイ



朝、目を開けてみれば、白い世界だった。
ああ、雪が降ったのね。
全ての世界の色を、真っ白に覆いつくしてしまう雪が。
丁度、変わり映えの無い毎日に飽き飽きしていたところ。
せめて風景だけでも変われば、気も紛れるわ。
でも。
「おかしいわ。ここは神殿の中よ!」
いくら雪が降ったからと言って、神殿の中まで雪が入ってくるはずがないじゃない!
それなのに、壁も、床も、冷酷なほど白いなんて。
思わず、窓へ走り寄った。
覗き込んだ世界は、部屋の中と同じ、真っ白な世界。
いいえ、白と黒のコントラストで作られる世界。
雪が積もったのであれば、白に染まるはずの木々も、山も、黒いまま。
「そんな……」
思わず、言葉が漏れた。
雪が降ったわけじゃない。
私が、色彩を失ってしまったんだ。



「おはようございます、ククル様」
「おはよう」
いつも通りの朝が始まる。
いつもと変わらない一日が始まる。
けれども、いつもと違うのは。
「ねえ」
思わず、官女に声をかけてしまった。
「今日は、どんな天気?」
口に出した瞬間、しまったと思った。
きっと、予想通りの答えが返ってくるに決まってる。
それでも、一縷の望みが捨て切れなくて。
期待と、不安で鼓動が速まるのがわかる。
官女は、私の質問と態度に困惑した表情を見せたけれど、
すぐに笑顔を取り戻して答えた。
「はい、とても良いお天気です」
ああ。
言わなきゃ良かった。
「ありがとう」
声が震えるのを必死に押さえて。
「今日も一日、頑張りましょうね」
自分に言い聞かせるようにして、ゆっくり話した。



独り、祭壇で祈りを捧げる日々。
闇を封印するための、毎日。
単調な儀式と、祈りと、暮らしの繰り返し。
これは、仕方が無かったとは言え、自分で決めたこと。
けれど、確かに自分の意思で生活しているのだけれど。
毎日の行動は、封印のために繋がる事。
自由に外に出ることも出来ず、投げ出す事もかなわない。
私の生は、闇黒に支配されている。



ふと、自分の手を見つめてみる。
昔から、雪のように白い肌とは言われてきたけれど、今は更に白くなってしまって、血の気を感じさせない。
ふと、辺りを見回してみる。
篝火は黒々と燃えている。
完全に視力を失ってしまったわけではなく、色の違いは彩度の違いで感じることが出来る。
でも、寂しい。
世界には、様々な色があることを知ってしまっているから。
自分ひとりが白と黒とで作られた世界に迷い込んでしまった。
こんな生活にも、もう、慣れてしまったけど。
本当に私は、生きているのかしら。





また、今日もいつも通りの一日のはずだった。
急ににぎやかな音が聞こえだす。
どたどたと神殿を走る足音と、高めでよく通る声。
「ククルー! 来たぜー!」
あの声はエルクね。
思ったとおり、髪を逆立てバンダナを巻いた小柄な少年が、すぐに姿を現す。
「いらっしゃい。今日も元気ね」
後の言葉は、無意識のうちに自分を皮肉って出てしまったのかもしれない。
けれども、そんなことに気にしていないのか気付いていないのか、彼は「これが取柄だし」とか言って笑ってる。
もう一つ、音が近付いてきた。
「もう、エルクったら、勝手に先に行っちゃうんだから」
続いて現れたのは、髪を三つ編みにした少女。
部屋の中まで入ってくると、立ち止まって、肩で息をしだした。
「リーザ、そんなに慌てなくても良いのに」
「だって、エルクがっ……」
「わ、悪ぃ」
そんな二人の様子に、つい笑ってしまう。
「駄目よエルク。女の子を置いていくだなんて、彼氏失格よ?」
「お、俺とリーザはそんなんじゃっ!」
「そ、そうですよククルさん!」
即答されたけど、慌てているのがよくわかる。
素直じゃなくて、可愛らしい二人。
だから、
「仲、良いわね」
そう言ったのも、本心から。
決して、羨ましいとか、そういうわけじゃないのよ。
だから、急に、気まずい顔にならないで。
「悪い。アークはまだ用事があるって……」
聞いた瞬間、世界に影が差した。
急に、自分が色を失っていることを、意識してしまった。
「気にしないで」
わかっているのよ。
貴方たちが先に来たということは、彼は来ないということ。
それに、彼がいなくて良かったと、心のどこかで思う気持ちがあるのも確か。
こんな姿、彼には見せたくない。
色を失ってしまっただなんて、言えるはずがない。
けれど、彼は気付いてしまうだろうから。
彼に余計な心配をかけさせたくないから。
だから、いっそのこと会わない方が良い。
「良いのよ」
そう、笑った。
それから、徐々に旅の仲間が集まってきたけれど、やはり彼の姿はない。




「リーザぁ! 早く来いよ!」
外から、元気な声が聞こえる。
エルクが、一面の「白い世界」に喜んでいる。
昨夜のうちに、雪が積もったらしい。
そんなに積もった雪が珍しいのか、エルクは一目散に外へ飛び出した。
無邪気に雪の中を駆け回る姿は、犬みたい。
「リーザ、早く行ってあげたら?」
「はい、でも……」
彼女は、神殿に来るたびに、私の手伝いをしてくれる。
食事の用意や家事といったことは勿論、私の話し相手まで。
気を使ってくれているのだろうけど、彼女を束縛するような気はないわ。
「私のことは気にしなくて良いから、行ってきなさい」
「ありがとうございますっ」
ぺこり、とお辞儀して、彼女もまた走っていった。



雪は、嫌いではないわ。
むしろ、色彩を失った今では、感謝してる。
元から世界が白ければ、私の見る世界が白くたっておかしくないでしょ?
もう、色彩が無い世界にも慣れてしまったけれど。
私一人だけが違う世界にいるのはイヤ。
以前みたいな思いをするのは、たくさんよ。
「ちょっと待って」
以前、って何?
おかしいわよ、こんなこと初めてなんだから。
けれど。
確かに、私は以前、イロの無い世界にいた――――
「どういうこと?」
思い出して、昔を。
どうしてイロを失ったの?
どうしてイロを取り戻せたの?



ふと、顔を見上げた時、
彼女の視界に飛び込んだのは、白銀の世界。
彼女は、そのまま、
我を忘れて外へ飛び出した。




「うっわー、すっげえ雪」
「本当、いきなり吹雪きだすんだもん」
突然降り出した大雪に慌てて、エルクとリーザは神殿の中へ戻ってきた。
元の服の色がわからなくなるほど体中に雪が付着したため、必死に雪を払っていると、何やら金属特有の足音が聞こえる。
「ああ、アーク、戻ってたのか」
そこには、白銀の鎧を身にまとい、深紅の鉢巻を身につけた若者の姿。
彼が、険しい顔をしてエルクたちに近付いてくる。
「ククルは、何処だ?」
その言葉に、疑問符を浮かべる二人。
「神殿内じゃねえのか?」
「いないから聞いているんだろう」
至極当然の答えをした声の中にも、焦りと、憤りが感じられる。
それはそうだろう。
久しぶりに帰ってみれば、いつも真っ先に出迎えてくれるはずの女性(ひと)が、今日はいない。
彼女の身に何かあったのではないか。
そう考えるのが当然である。
特に、その人が最愛の人であるならば、心配するのも尚のことで、彼は神殿に着いてからずっと探し回っていたらしい。
瞳にも憔悴の色が顕れていた。
「あの、アークさん」
恐る恐る、リーザが声をかける。
「こんなこと言ってしまって良いかどうかわからないのですが……」
顔色を伺いながら、促されるのを待つかのような言い方。
それに乗せられるかのように、
「話して」
アークも、出来る限り落ち着いて声をかけた。
なおもリーザは少し躊躇っていたが、やがて意を決して、口を開いた。
「ククルさん、元気が無かったんです。何だか、たまに外をぼーっと眺めてたりして……。
 今朝も、ずっと雪を眺めていました」
私たちが外に出てからのことはわかりませんけど。
そう、付け足して、彼女は口を閉じた。
結局、ククルの所在については何もわからない。
しかし。
「外……まさか」
急にアークが走り出す。
「アークッ?! どうしたんだよ?!」
「お前たちはそこで待ってろ!」
「って、吹雪の中(こんななか)1人で行くつもりかよ?!」
その声が聞こえたか否か、彼は既に雪の中へ消えていた。





ツマラナイ。
ドウシテワタシダケソトヘイケナイノ?


その頃、私は、毎日「ワイト家」にいた。
ワイト宗家の娘として、封印を守るための修行と、王妃として嫁ぐための作法。
毎日毎日同じ事の繰り返しで、単調な生活に飽き飽きしていた。
だから、しょっちゅう家を抜け出して、遊びに行ってたのよ。
木の上から見た世界は、広大で、色に溢れていたわ。
ソトの世界は、憧れと羨みで光り輝いて見えた。
いつか、ウチからソトへと出て行ってやる。
さだめなんか抗って、歯向かって、逃げてやる。
そう、思いだけが空回りしていた。
だから、ソトにさえ出れば――――
「ソト、に?」
急に、頭が冷えた。
「バカね。ソトになんか行けるわけがないじゃない」
急に、体が重くなった。
「私は、ウチを守らなきゃいけないんだから」
急に、私を取り囲んでいる世界が、真っ白なことに気付いた。


私は、何をしているのだろう?
戻らなきゃ。
でも、足が進まない。
体が震えてる。
力が入らない。
「何をしているのよ、私」
進まなきゃ。
私がしでかしてしまったことなんだから。
こんな所で、挫けるわけにはいかないでしょ!
なのに、なのに、
動けない。
その場にへたり込んでしまった。


そういえば、こんなこと以前にもあったわ。
あの日も、大雪で。
私は、逃げるために家を飛び出して。
シオン山の封印を消してしまって。
でも、そのまま逃げる事も出来なくて、結局また封印を施すために来たんだけど、恐くて進めなくて。
そうしているうちに、アークに出会ったのよね。
「代わりに火をつけてくるから」って、強引に松明を持って、山を登っていって。
その時の松明の火が、やけに赤く感じられて……。
…………。
ちょっと待って。
今の色は何?
“赤”って、どんな色?
思い出して、あの時の色を!
思い出して、あの時の彼の色を!





どうしてこんなことになってしまったんだ?
今更、考えても仕方ないことを考えてしまう。
雪は止んだものの、日も暮れ始めて、暗くなってしまった。
足場は悪い。
さらに、視界は白しか映らない。
雪が、憎い。
幼い日に自分から父親を奪っただけでなく、ククルまでも奪おうというのか。
もしこのまま見つからなかったら――――
慌てて頭を振る。
諦めるな。
ククルは必ず俺が見つけ出す。
そう、自分に言い聞かせ、歩みを進める。
真っ白な世界を、ただひたすら。
その時。
光るモノが見えた。
白しかない世界で、其処だけが輝いて見えた。
間違いない。
「ククルッ!!」






遠くで呼ばれた気がした。
最初は、風の音だと思ってた。
けれど。
「ククルッ!!」
今度ははっきり。
間違いない、愛しい人の声。
「アークッ」
力の限り私も叫ぶ。
「アークッ!!」
見回せば、一箇所だけ、周囲とはかけ離れた色。
あの日見た、燃え上がるような赤。
途端に、世界が輝き始めた。
(そうだわ)
ようやく思い出した。
私の世界に色が着いたのは。
彼と、出会ってから!!
「アークッ!!」
見える。あなたの色が見えるわ!
思わず、彼に向かって走り出した。




「ククルッ」
「アークッ」
そのままの勢いで抱きついて、彼は驚いた顔をしたけど、優しく手を回してくれた。
「大丈夫か?!」
私が頷くと、彼はそっと私を離した。
「ククル、勝手に俺を置いていなくならないでくれ」
「ごめんなさい……」
「君のいない世界なんか、真っ白にしか見えない」
え……
「今、何て言ったの?」
「えっ」
そんな反応は予想してなかったとばかりに、彼が言葉を詰まらせる。
「だから、その、ククルがいる世界だから輝いて見えるっていうか……」
本当に?
あなたも、私と同じ?
「アーク、あなたの色を見せて」
気が付けば、すぐ近くに、顔がある。
大地の色を閉じ込めた瞳、赤みがかった髪、深紅の鉢巻。
愛しくてたまらない、あなたの、イロ。
はっきりと映し出されることが嬉しくて、つい、微笑んでしまう。
「大好きよ、アーク」
彼の顔が、赤く染まるのがわかった。











「どんなにつまらない世界でも、あなたがいれば輝いて見える」
と言う事を書きたかったらしいです。
いや、ありますよね? 人ごみにいても何故か好きな人だけはわかってしまうってことが。そういうやつです。
何故これを書くのに10時間くらいかかったのかわかりません。前回はサラッと書けたのになあ。きっと途中で合宿があったから気がそがれちゃったんだうわーん。無駄に疲れました。
ククルさん一人称が思ったより難しいことが判明。なんてこった。
続きはこのままいったら暴走するのでやめました。

それでは、ここまでお読みくださってありがとうございました。
以下は、おまけというかオチというか蛇足というか、突発的ギャグ。



*神殿*
「アークさん、ククルさん、無事だったんですね!」
「ごめんなさい、心配かけちゃったわね」
「あの、エルク見ませんでした?」
「え? あいつ、まさか外に出てったのか?」

*その頃のエルク*
「アークーッ! ククルーッ! どこだあああ?!
 っていうか
 ここは何処だああああぁぁぁぁぁぁぁ?!
絶賛遭難中。

雪の日には気をつけましょう。本当に。



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アーククル祭 * ほるん

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